「近隣を走る某私鉄で人身事故が発生した」――と、朝の身支度をしながら斜め観するTV番組のデータ放送に流れていた。家を出ていつものバス停へ向かうと、恐れていた通りの出来事が起きていた。人身事故により通勤の足を奪われた人々が、私が普段利用する別路線へ接続する、私が普段利用する路線バスに殺到。私が乗りたいバスは、来る車両来る車両がとてつもなく混んでいて、「次のバスをご利用下さい」のアナウンス一声を残して走り去ることを繰り返していた。
これが遅延であるならば、バス会社に遅延証を発行してもらえるから、慌てず騒がない私である。しかし今回は、「バスは正常運行しているが、混雑し過ぎていて乗れない」という構造。こうなると、事情が全く変わってくる。バスはあくまでも正常運行している以上、どんなに積み残しを発生させようとも、遅延証明書の類は一切発行してくれないのである。このままだと私はみすみす、無意味で理不尽な遅刻に追い込まれてしまう。
そこで仕方なく、タクシーを拾って最寄り駅まで向かうことにした。バス停から少し戻った四つ角に立ち、赤い空車ランプを光らせたタクシーが走ってくるのを待った。すると、私が見るからにタクシー待ちをしているにも関わらず、私の少し前の位置に割り込んで立ち、堂々とタクシー待ちを始める中年以上男性が現れた。タクシー待ちの順番は、明らかに私の方が先である。しかしここは「タクシー乗り場」ではない以上、「順番を正しく守りましょう」というモラルはあっても、ルールはない。そして、いずれやってくるタクシーは、スーツを着ていてもちんまりぽっちゃりおろおろした私と、見た感じそこそこの地位に着いていそうなサラリーマン然とした中年以上男性とであれば、後者の前で止まってその扉を開くに違いなかった。
私は続け様に起きた理不尽に、憤死せんばかりに内心憤慨しながら、できる限り決然と見えるように、その場を後にした。そして――。車の流れ的に上流側へワンブロック移動し、そこでタクシー待ちを始めた。これだけ離れた場所に“割り込み”されたら、おやじめ、止めにも来られまい。そして私は、やがて来たタクシーを無事に拾い、最寄り駅へと向かった。闘いに勝った爽快感と、しかしこんな闘いなぞ決して望んでいなかった悔しさを、車内で噛み締めていた。
【画像】お寺や神社には猫がよく似合う(ねこメモ)