ひとりリサイタル(富士丸な日々)・いちご三兄弟をぱくっ。(へにょへにょ日記)・上野動物園は動物の赤ちゃんが沢山いるよ(動物の写真)/「腹をすかせて小瓶に頭を突っ込んでしまったキツネの悲劇」(GIGAZINE)
有名人や事件被害者などを揶揄する書き込みを見かけた時に、まるで自身が揶揄された対象の身内の者で
あるかのごとく大噴火し、揶揄した当人に対して何の遠慮も無い誹謗中傷を浴びせる者たちがいる。
「消えろキチガイ」「人間のクズだな」「親の顔が見たい」・・・目を覆いたくなるような下品な罵倒の数々で、
まさに言葉のマグマである。事件被害者を揶揄した者と違って、この義憤火山たちは、ネット上とは言え、
相手に向けて“直接”酷い誹謗中傷をぶつけているわけだが、攻撃を加えたつもりの無い者たちから
突然言いたい放題の誹謗中傷を浴びせられてしまった人の心情を、彼らは想像したりしないのだろうか。
そもそもこのネットの匿名世界において、公衆道徳に一体どれだけの説得力が伴うというのか。
実生活において、周囲の人たちに求めるばかりで、自分では何一つ責任を果たさない未熟な者でさえも、
上っ面の言葉だけですむのなら、どんな能力者にも人格者にもなりうるわけだが、ネット上で机上の道徳を掲げながら
他者を裁こうとする者たちというのは、様々な人と関わったり、努力を積み重ねたり、社会の理不尽に直面させられたりといった
実体験に乏しく、ゆえにそ言葉の説得力に対する意識の低い未熟な人格に甘んじているだけではないのだろうか。
自身の未熟な人格や、実生活におけるみじめな境遇を認めたくない一心から、ネット人格者という現実逃避の幻影に
酔わされているだけなのではないだろうか。 byジンゴリー円(message@jingory-madoka.com)
「ジンゴリー円」という署名にうっすら聞き覚えがある気がして検索したら、箱のキャッシュとこの日記の過去ログだけが出てきた。今回のネタは、本当なら結構良い事言ってるような気がするのだけど、そのように素直に受け止められないのは、説明と比喩がくどすぎるからだろうか。まるで私自身の文章そのものなので、大いに反省した。