2006-08-23 萌え猫&アニマル/はてブより/紺野真琴と春風どれみ [長年日記]

萌え猫画像

レトちゃんの一家団欒(The Greeks Cats)・冷たいスープはいかが?(猫またぎ)・帰ってまいりましたー(気が付けばデブ猫)・微妙ですの(耳折れ兄弟/かーずSPより)

Tags: 動物

萌えアニマル画像

「氷のケーキで誕生日祝い」かーずSPより)

Tags: 動物

「もうすぐ鍋の季節だからカキの知識」(ザ大衆食つまみぐい)

牡蠣の「生食用」「加熱用」の違いについて。「生食用」は生で食べられるよう何度も洗浄している為、値段が高くなっていると同時に旨味が流出しているとの事。私の舌には微妙な違いが判らないが、知識としてメモ。

「サトエリ初の悪女役はまりそう?」

「兄には『ほかの女性を必要としない』という誓いをさせ、その妻との性交渉を禁じる」「妹を熱湯風呂に沈め『お姉ちゃんのいいところを100個並べた歌』まで歌わせる」→「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」(本谷有希子/講談社)

「クロレラ工業:魚が病気ならない飼料、9月にも商品化」

従来の抗生物質の代わりに、自然界に生息する「成長促進」「病原菌やウイルスの駆逐」「水槽にたまった糞等の分解・浄化」作用を持つ微生物を配合した飼料。てっきりクロレラが原料かと思ったが違った。

「世界最高値? 1杯16万円のカクテル登場」

世界で700ml瓶6本分しか作られなかったという、非常にレアなジャマイカ産17年物ラム酒を使って作った「マイタイ」(ラム+パインジュース+オレンジ果汁+レモン果汁)。装飾品に頼らずに正しくお高いカクテル。

「高級フルーツ使いカクテル サントリーが千疋屋と新商品」

銀座千疋屋が選んだフルーツでサントリーが作ったカクテル、「銀座カクテル」。アルフォンソ・マンゴーのピューレを使った「銀座マンゴ」(280ml・209円)を買ってみる予定。

バウムクーヘン三昧

バウムクーヘンを買ったり手作りしたりしているblog。特に惹かれたのは、5色バームクーヘン東京ばな奈羽田空港第二ターミナル限定しっとりバームユーハイムオリジナルストラップ

「ウミヘビで元気いっぱいに」

コブラの10倍以上の猛毒を持つという、エラブウミヘビ(イラブー)の薫製。調理に手間がかかりまた強精作用に優れている為、元王朝料理で今も高級食材らしい。→「高級薬膳料理をお手ごろ価格で食べられるお店です。 イラブー料理ならカナに行こう!」

「【遊び】レインボー★レシピ」(またね!)

カラフルうどん自作、但し着色は食材で。赤(トマトジュース)と橙(キャロットジュース)と黄(卵の黄身)の3色きりなら、色も同系色だし普通に美味しそうに見えるかもと思ったが、それじゃ面白くないか……。

「『オーシャンズ14』はない!ソダーバーグ監督が断言」

「オーシャンズ12」の反省すべき点は「ストーリーが少々複雑すぎたこと」じゃなくて「内輪受け悪ノリ暴走」だと思うが、それはさておき「〜13」はシリーズ完結にふさわしい力強い作品になる予定らしい。

紺野真琴と春風どれみ

「おジャ魔女どれみが成長し、時をかける少女に」(愚仮面随想)を読んで。「時かけ」の紺野真琴と「おジャ魔女どれみ」の春風どれみがキャラとして似ている、という指摘。

二人とも底抜けに元気で明るくて素直で、能力があるとついつい下らない欲望(ステーキとか鉄板焼き食べたいとか)を叶えるためにつかってしまったりする部分もあるけど、他人のために一生懸命になって、自分のことに気が回らない、そういう部分とかのおかげで、ドジや邪な部分も愛嬌として受け入れられる。そういう性格が二人に共通してるんじゃないかなと思いました。

これに遡り、自ニュF「[アニメ]『ゲド戦記』が宮崎吾朗監督でなければならない理由」にも、導き出される感想は違うけれども指摘としては似た意見があった。

[#36]ハヤオはコナンのキャラでルパンを作り、細田はどれみのキャラで時かけを作った。どちらも微妙に許せない

紺野真琴の場合、「他人のため」の他人が真に「他人」でなく、あくまでも自分に近接している「他人」という名の身内に過ぎないのが、私には受け入れがたいポイントだった。が、「紺野真琴と春風どれみが似ている」という指摘を読んだら、その辺は結構どうでも良くなった。「どれみたんが元キャラならどんなに馬鹿で粗雑でも許せるよ」ではない。「所詮真琴の原型は子供向けアニメキャラだと思えば腹を立てるのも馬鹿馬鹿しいよ」でもない。うまく説明しづらいのだけど頑張って説明する。「何もないところから紺野真琴のあの性格設定が創造された」のであれば、高校生にしてあの世界の狭さ(行動半径じゃなくて認識半径とでも言えば良いか)を良しとする作品世界も製作者もぶっちゃけ気持ち悪い、しかし「(どれみという)原型のあるところから出てきた」のならば、「高校生にしてあの世界の狭さ」もそれが否定されてないのも理由がつけられて私が納得できて、私の中の違和感&拒絶感が随分薄らぐ——という話なのだがわかるだろうか? そしてこれはあくまでも私の中の感情整理なので、「紺野真琴と春風どれみが似ている」を実感する人が大勢いなくとも良いし、製作者が実際にそういう意図を持ってキャラ設定していなくても良い。

さて私は早速この件を、同じく「時かけ」を観た友人に話して聞かせた。すると友人は言った、「どれみは細田守一人のものではないのに、自作品のキャラにどれみを勝手に投影するのはおかしい。宮崎駿が自分のキャラであるコナンを、自分が映画化したルパンに投影するのとは訳が違う」と。私は思った、私達は何とまぁ面倒臭い生き物なんだろう、と。

[]

«前の日記(2006-07-31) 最新 次の日記(2006-09-01)»