いわゆる“当たり年”なのか、今年の夏は、街中の至る所で甲虫を見かける。カナブンやハナムグリ程度の大きさ。でも彼等のような、「華麗な金属光沢」や「可憐な緑色」は纏っておらず、艶のない地味な茶色をしている。甲虫全般は、その身体構造から、飛ぶ事が大変苦手であるらしい。飛翔を終え、木の枝や網戸に着地しようとし、失敗して墜落してくる姿をよく見かける。墜落した彼等は、体勢を直して飛び立つ事もかなわずに、地面であわあわともがき続けて衰弱するのである。
私は、自分に仇なす虫を躊躇なく殺す人間である。加えて言えば、虫に鬱憤をぶつける事だってある。そんな私でも、「殺すつもりのない虫を自分が殺す」のは気が咎める。ましてや、「殺すつもりのない虫を他人が殺す」のは尚更。なので夏場、間抜けな甲虫や衰えかけた蝉が、道端でもがいているのを見かけた時には、「通りすがりの人が間違って踏み潰さない」場所に移すようにしている。
この日私は、勤め先の郵便受けから配達物を回収しようとしていて、足下に落ちている甲虫を見つけた。落ちたてホヤホヤと見受けられ、比較的元気に足をバタつかせていた。死にかけた甲虫や蝉ならば、街路樹の下や植え込みの中にそっと動かす他に手がないが、まだ元気な内ならば、体勢だけ立て直させてから、宙にリリースしてやるのが良い。
私はまず、指先を差し出して甲虫をしがみつかせ、甲虫を地面から回収した。それから、力を込め過ぎぬよう加減して甲虫をつまみ、指先から引き剥がした。そして、片手で柔らかく包み込み、前方に障害物がない空間を見計らい、目の前にあるマンションの中庭が良さげだと見定めて、おもむろに甲虫を放り投げ――ようとしたが、甲虫は私の手にしがみついて離れない。再び、力を加減して引き剥がし、今度こそ放り投げ――ようとしたが、甲虫はまたもや手にしがみついて離れない。少しイラッとしながら、三度繰り返し、ようやく放り投げ終えた。宙に投げ出された甲虫は、落下しきる前に羽を開くと、そのままいずこへと飛び去った。
思ったより時間を食ったが、良い仕事ができた。とても満足して、勤め先に戻ろうと振り向いた私は、私の数歩後ろに立ち尽くしていた、あからさまに不審そうな顔を向ける老齢女性と目が合い、その場で固まった。
ナクソス島の猫さん(The Greek Cats)・指定席&みけんのにおい(以上2点、世界はニャーでできている。-なでしこ館-)/家のそばに一周4~5キロのランニングコースがあるの(※テキスト※/ねこメモ)