2007-07-28 ルドンの黒 -眼をとじると見えてくる異形の友人たち-@Bunkamura ザ・ミュージアム/萌え猫&アニマル/はてブより [長年日記]

[雑記] ルドンの黒 -眼をとじると見えてくる異形の友人たち-@Bunkamura ザ・ミュージアム

多くの画家達が、後に“印象派”と呼ばれる光と色の戯れをキャンバスに描き写していた時代に、銅板や木炭を手に黒一色の、妄想の産物を繊細かつきっちりと表現した、いわば神経症的な不気味画を生み出していた、そんなはみ出しっ子・ルドン。彼の暗くて気持ち悪い画風は、「プロシアとの戦争に負けた当時のフランスの世相」と同時に、「『裕福な家に生まれたが、幼少時に母親に見捨てられ、学校に入っても図画以外の成績は悪く、長じて画家となったが売れない』――という、地に足が着かない不安を抱え続けていた彼自身の心理状況」をも写し取っていたようである。しかし、存命中に世に認められた彼は、黒一色の不気味画から離れ、鮮やかな色を駆使して花なんかを描くようになり、それで評価が落ちるのでなく一層世に認められたそうで、「良かったね」と思う反面、軽い身勝手な失望も否めなかったりするのだが。

そんな風に、ルドンの経歴は、芸術を知らない私のような向きにも大変判りやすい。そして彼の絵はというと、彼自身が(確か)「自分の絵の解釈は見る人の感性に委ねる」的発言をしていた(ような気がする)通り、頭空っぽにして楽しめる抽象画のようでいながら、その時代前後に評価を得た絵やモチーフを下敷きにしていたり等、実際には素養がないと深く味わえないという寸法――である様子。私個人は元より「深く味わおう」等という大それた野望を抱いていないので、素養ともども貧しい私の感性でもって照らしながら眺めて回った。

印象に残ったのは、ポスターにも使われている「卑屈な笑顔の蜘蛛」(《蜘蛛》)や「一つ目気球」(《眼は奇妙な気球のように無限に向かう》)であるが、私が特に気に入ったのは「ヨハネの黙示録」連作であった。聖書の記述では、「口からは、鋭いもろ刃のつるぎがつき出ており」だの「一人の女が太陽を着て」だの、文学的なイメージとしては捉えられてもビジュアルがとても浮かばない事物が、適度な不気味さと荘厳さでもって映像化されていたのがとても良かった。

[動物] 萌え猫画像

今日も立ち上がる(毎日めろめろ)・風の塔の新入り仔猫(The Greek Cats)・あっちいなぁチチ。(ギャラリー猫の憂鬱)/「【こぼれ話】『死の天使』?=患者の死を予知する猫、オスカー君-米」(時事ドットコム)/「こだまの武勇伝」(※テキスト※/アルファルファモザイク/ポ☆ニューより)

告死猫オスカー、写真付別記事。定期的に患者を“回診”、患者を覗き込んで少し鼻をひくひくさせ臭いを嗅いだ後、傍で体を丸めて横になる場合はそな患者が必ず亡くなる、との事。まるでとり殺してるようにも思える。

[動物] 萌えアニマル画像

「ドイツ北西部セレンゲティ公園の3つ子ライオンを州首相も訪問」(AFPBB News)・「コツメカワウソの六つ子赤ちゃん 各務原のアクア・トトで誕生」(中日新聞)・「雑記帳:シロイルカのメス赤ちゃん誕生 名古屋港水族館」(MSN毎日インタラクティブ)・「牛にバナナの皮をやる」(デイリーポータルZ)/YouTube“Jessica the Hippo”カチャマイブックマークより)

日本の物と異なり防黴剤の類が塗布されてないであろう、新鮮なバナナの皮を牛達に贈呈。皮を好んで食べても身は吐き出すというのは、嗜好の違いか、それとも消化機能の違いから異物としてインプットされているのか。<牛にバナナの皮

説明が英語なので経緯は全く理解できないが、大口開けて人に餌をねだり人の手から餌をもらい、人の家に上がり込んで布団をかけてもらい犬に寄り添われて眠るカバ。<“Jessica the Hippo”

「ウナギ、いよいよピンチ 『土用の丑の日』控え」(産経新聞→Yahoo!ニュース)

中国産鰻蒲焼抗菌剤検出騒動が、国内産にまで打撃を与えている、との事。活力を得ようと食べる物でダメージを受けかねないなら、わざわざ食べないに決まっている。痛いニュースより。

「“母性本能”がない! そんな女性もいるの?」(R25.jp)

早稲田人科教授が語る“母性本能”。「“本能”ではなく、経験によって花開く場合が大きい」「男性に対して使われる“母性本能をくすぐる”は、母性とは似て非なる別物」。ポ☆ニューより。

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