★ 夕方から外出。珈琲館でお茶。カプチーノを頼んだら間違えてカフェラテが来たが、恐縮した店員がシナモンパウダーを大量に振りかけてくれたのに笑った。
その後古本屋に行ったら、原因不明の呼吸困難及び立ち眩みに襲われた。多分空調のせいだろうけど、店内に短時間いただけでああなるなら、店員は酸欠で死ぬんじゃないかと不安になった。
★ 半引きこもり生活の上にTVや新聞もろくに見てやしないので、例の事件についてはネットを通して今日初めて知ったのである。
それにしても、大衆の意見を代弁する立場という建前のマスコミはともかく、ネット上で個人的な意見を語る人達ですら、被害者やその肉親の立場にしか目が向かないのが不思議でたまらない。私はむしろ、突発的に溢れ出た感情を殺せなかったり何かの拍子に自分が別のモノに変貌したりして、本来の自分の意志によらず加害者の立場に身を置く事になりはしないか、という恐怖の方をより強く感じる。心の病と脳の器質的な病的変化の違いはよくわからないものの、自分がそちら側の人間には絶対ならないという自信はどこから生まれるのだろう? そちら側に取り込まれるかもという恐怖を仮に抱いていたなら、あの事件に対する純粋な憤りはそう簡単には表に出せない筈である。もっとも彼等に想像力が足りないのではなく、私が常識から逸脱しているだけだとも思う。そうでなければ、今の私がこうではあり得ない訳だし。自嘲。
事件自体について憶測でしか物を語れない、部外者かつ素人の私があれこれ書くのは個人的に気が咎めるので、人々のネタとしての取り上げ方について感じた事を徒然と綴ってみた。